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大阪地方裁判所 昭和44年(借チ)6号 決定 1969年6月27日

申立人 坪井良一

相手方 大岩行男

主文

本件増改築を許可する。

本件借地契約の存続期間を一〇年延長し、かつ、賃料をこの裁判確定の日の属する月の翌月から月金一、二〇〇円と定める。申立人は相手方に対し、金八〇、〇〇〇円の支払をせよ。

理由

一、本件申立の要旨は次のとおりである。

(一)、申立人は、昭和三一年五月二八日相手方との間に、相手方の所有にかかる別紙第一の(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)について、賃貸借期間を同年六月一日より向う二〇年間、賃料を月金一〇〇円(この賃料額は今日にいたるまで変更されていない。)と定めて賃貸借契約(以下「本件借地契約」という。)を締結し、本件土地上に別紙第一の(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して、本件土地の南側に隣接する申立人所有の店舗(電気器具商)の事務所兼従業員の宿舎に使用していたが、事業の発展に伴い、店舗や事務所が手狭となり、加えて、近く次男が結婚するため、その住居が必要となるにいたった。

(二)、そこで、申立人は、本件建物を現状の木造平家建床面積三三平方メートルを木造二階建床面積一階三三平方メートル、二階三三平方メートルに増改築(以下「本件増改築」という。)し、これに次男夫婦を居住させて、盗難、火災の防止等にあたらせるとともに、修理場及び在庫品置場に使用し、かつ、従業員の雇入並びにその勤務の永続性を確保するための施設として従業員の宿舎にする計画を立てた。

(三)、しかして、本件建物に隣接する建物は皆二階建であり、かつ、その附近一帯はその殆どすべてが二階建であって、本件増改築は近隣の迷惑となる虞も、法令に違反する点もなく、本件土地の通常の利用上相当とすべきものである。

(五)、ところで、本件借地契約については、公正証書による契約条項中にも、増改築を制限する旨の定めはなく、申立人は増改築を制限する旨の借地条件は存しないと考えているが、相手方において、これが存することを主張しているので、本件増改築につきその承諾を求めたけれども、これを拒絶されたため、その承諾に代わる許可の裁判を求める。

二、右申立に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(一)、まず、相手方は、申立人が同三一年夏頃、同四二年夏頃、その他三回程度相手方に無断で本件建物の増改築をなしたので、申立人に対し、その都度これを理由に本件借地契約解除の意思表示をなして来たし、また改めて、同四四年三月三日付郵便にて本件借地契約解除の意思表示をなしたので、本件借地契約は既に解除されている旨主張しているけれども、本件借地契約に増改築を制限する特約が存在すること、並びに、かりに右特約が存するとしても、本件借地契約解除の事由となるべき程度の増改築がなされた事実を認定するに充分な資料がないので、この点についての相手方の主張は採用できない。

(二)、次に、本件借地契約に増改築を制限する旨の借地条件が存するか否かについて当事者間に争いがあるところ、右借地条件が存することを認めるに足る資料があるものとは謂い難いが、相手方は、以前より右条件が存することを主張し、従来申立人がなした本件建物の内部の一部の改造についても異議を称えて本件借地契約解除の意思表示をして来ており、特に同四三年七月以降は賃料の受領を拒絶しているため、申立人において、これが供託をなしていることが認められ、かつ、現に、相手方が本件増改築に反対の意を表明している状況であるので、借地関係についての紛争を未然に防止しようとしている法の趣旨に鑑みると、申立人に本件申立の利益があるものと解すべきである。

(三)、そこで、本件増改築の許否につき検討するに(鑑定委員会の意見の要領は、別紙第二記載のとおりである。)、記録によると、前記一の(一)ないし(三)記載の事実が認定できるので、これによれば、本件増改築は許可するのが相当と謂うべきであり、他方、右許可の裁判をなすについて、当事者間の利益の衡平を図るためには、次の(1)ないし(3)記載のとおり(同記載の事情は記録により認められる。)、主文第二、第三項記載の処分をなすのが妥当である。

(1)、本件借地契約の存続期間は、同五一年五月末日までで、約七年を残すこととなっているが、本件建物は優に右存続期間を越えてなお充分な耐久性があるものと認められ、かつ、本件増改築が本件建物の現況に比して大幅なものであるのに対し、相手方は期間満了と同時に更新を拒絶する態度を示しているので、右期間満了時に本件借地契約の更新に関して再び紛争が生ずることが予想されるところ、現在相手方において更新を拒絶するに足りる正当な事由が存することは窺えないので、本件借地契約の存続期間を延長するのが相当であり、その延長期間は一〇年(従って、現時点より起算すれば、本件借地契約の存続期間は約一七年ということになる。)をもって相当とする。

(2)、ところで、右のように本件借地契約の存続期間を一〇年延長した場合、その間に相手方に本件借地契約の更新を拒絶するに充分な正当事由が発生したとしても、これが更新を拒絶する機会を失わしめることとなるので、その補償として、申立人は、相手方に対し、財産上の給付をなすのが適当と認められるのみならず、本件借地契約の賃料額は現在月金一〇〇円(三・三平方メートル当り一〇円)であって、近隣の地代に比較して著しく不相当であるので、適当な賃料に増額するのが相当である。

(3)、しかして、本件増改築は、従来の平家建の建物に二階部分を附加架工する程度のものであること、相手方は本件土地上に本件建物が存在することを知悉しつつ本件土地の所有権を取得していること、本件借地契約の締結にあたって、権利金ないし敷金の授受が行われていないこと、本件借地契約の賃料額は契約当初の同三一年六月に定められたまま一度も値上げをされていないのに対し、近隣の土地の賃料額は三・三平方メートル当り月一五〇円ないし二〇〇円程度を通常としていること、並びに、本件借地契約につき前記の二の(一)、(二)記載の従前の経過ないし事情が存することなどの一切の事情を考慮すると、申立人が相手方に対して給付をなすべき金額は本件土地の借地権価格(この点は鑑定委員会の意見を相当と認めて、八一〇、〇〇〇円と見積る。)の約一〇パーセントに当る八〇、〇〇〇円が適当と解せられ、かつ、本件借地契約の賃料額を月一、二〇〇円に増額するのが相当と考えられる。

(四)、よって、申立人に対し、本件増改築につき、相手方の承諾に代わる許可を与うるとともに、以上記載の附随の処分をなすこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 松下寿夫)

<以下省略>

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